名前のない空2

気づけば、深く眠っていて、起き抜けの瞼に容赦なく光が射す。朝だ。朝が来た。絶望的なまでに清々しく、圧倒的な正しさを以って。相変わらず、微塵も容赦がない。生きろとも、死ねとも言われているような、訳の分からない何かがある。 朝の光を、なす術もな…

名前のない空1

なんで生きていかないといけないんだろう。ぐちゃぐちゃになった気持ちを抱えて、毎日呻いてる。助けなんか、ない。誰のどんな言葉も、慰めにならない。そんな自分に嫌気が差す。それでも、多分生きていくしかなくて、その事実を痛感するたびに、声を上げて…

くらやみ12

「わたしは、」 目を閉じて、浅い息を吸う。 「…わたしは」 ふと言葉が口をつく。 「わたしは、なれない」 頭の中で、言葉が生まれては、暴れだす。 ずっと蓋をしてきた言葉。 止まらない。 「わたしは,太宰のようには、なれない」 ふと目を開けると,太宰…

くらやみ11

目を閉じれば,思い出す。葉子は,ずっと自分を許せなかった。自分のことが,大嫌いだった。醜悪で,馬鹿で,何にもなれない,誰からも疎まれて,誰の役にも立たない,存在することを望まれていない人間だと思って生きてきた。いつも,生きているのが,無性…

くらやみ10

波打ち際に靴を忘れて,それすら気づかず、走る。太宰の沈んだ海を捨てて,ひたすらに走る。猫のいない路地裏。通り過ぎるバス。消えていく夕暮れ。何が自分を突き動かすのか,葉子にもわからない。足の裏が痛む。それすら,気づかずに,走っていた。帰り道…

くらやみ9

この世界は,こんな色をしていたのだろうか。茜色の空が,網膜に焼付く。もうすぐ夜がやって来る。神妙な面持ちで,葉子は足を引き上げる。最後の波が,誘うように葉子の足に絡みつく。それが,葉子には,亡霊のように見える。葉子はそれを怖いと思う。馴染…

くらやみ8

(だけど、本当に?) 太宰の本に出会った日から,葉子のすべては太宰とともに在った。太宰のように,生きたかった。太宰のように,死にたかった。そう思っていた。 (本当に?) 波に足を浸す。太宰のように。小さく発声する。そこには、拭いがたい違和感が…

くらやみ7

ふと気づけば、目的地。考え事をしていると、いつもこうだ。慌てて、降りる。もう少しで降りそびれるところだった。ふわふわした足取りながら、しっかりと着地して、歩き出す。潮風を感じる。楽しそうに騒いでいる人々を見ながら、そこから少し離れた場所に…

くらやみ6

バスの中は、冷房が程よく効いている。首筋に張り付いていた汗が、少しずつ乾いていく。平日の真昼だからか、乗客は少ない。アナウンスとエンジンの音ばかりして、蝉時雨も追いかけてこない。しばしほっとする。席に座って、何とはなしに、ぱらぱらと本のペ…

くらやみ5

葉子にとって,生きるということは,時にひどく苦痛を伴うことだ。生きているというだけで,ただそれだけで,呼吸すらつらくなる。あれは何なんだろうと思うけれども、葉子は,そんな自分を持て余している。弱い自分は嫌いだけれど,存在ごと消えたくなるこ…

くらやみ4

葉子のアパートから近場の海まで,バスで一本。頑張れば,歩いても行けなくもないけれど,暑い中ではしんどくて、とりあえずバスを待っている。我ながら、呑気なものだと思う。けれど、それが自分なので、仕方ない。バス停には他には誰もいなくて、時刻表を…

くらやみ3

一番覚えているのは、何とも不穏な海の描写だ。平たく言えば、主人公が心中する。そんな話だ。さすがに今すぐ死にたいというわけでもないが、本を通して見た海が心の底に残っていた。心がざわめいた刹那、不意に、窓の外で強く風が吹く。それを、鳴り止まな…

くらやみ2

ふと気づけば,部屋の外では,蝉の声がしている。耳を塞いでも、当然、鳴り止まない。鼓膜が震える。音の暴威だ。毎年毎年飽きもせず、繰り返される光景だ。暑さが込み上げてくる。寒いくらい冷房の効いた部屋の中なのに、それを物ともしない。心の底から、…

くらやみ1

どこにも行けないわけじゃない。足はあるし、意識は清明。本当は、どこにも行けないわけじゃない。わかっているけど、どうにもならないときがある。 (わたしは,生きているの?死んでいるの?) 葉子は,自分自身に問いかける。知り合いもない,独りきりの…

白 1

真冬の空気に触れるたび,指先から凍ってしまいそうだと思う。 悴む手を緩く開いて,ぱきりと音がした気がした。 寒い。 ひたすらに,寒い。 でも,それすら,どうでもいいと思ってしまう。 還りたい。 この世界に終わりを告げて,体ごと,心ごと,消えてし…

習作3

どこにいるの, 力ない言葉は,呟いても呟いても,喧噪の混沌に吸い込まれていく。 泣きたいのに,泣けない。 そんな,不快感。 わかるわけもない他人の気持ちばかり推し測って,自分のことはいつだって後回しだ。 そんな自分に,困る。 どこにも行かないで…

習作2

黄昏時に,考える。 この道はどこに続いているのだろう。 行き止まりなのか,回り道なのか,それとも,最短ルートなのか。 自分の後ろにできる影が濃くなっていく。 一寸先は,闇。 何も見えない暗闇を,手探りで進む。 それしかできない。 それは,ずっとわ…

習作1

不安の底というものにぶち当たるとすれば,それはきっと今なのだろうと思う。 何もわからないふりをして,長い間曖昧にしてきた物事が,はっきりと実体を伴って,眼前に正体を突き付けてくる。 (死んでしまいたい) 何度も思ったことを,ぎりぎりの淵で何と…