くらやみ7

ふと気づけば、目的地。考え事をしていると、いつもこうだ。慌てて、降りる。もう少しで降りそびれるところだった。ふわふわした足取りながら、しっかりと着地して、歩き出す。潮風を感じる。楽しそうに騒いでいる人々を見ながら、そこから少し離れた場所に向かう。ざくざく砂を蹴って、海に近づく。静かな波に足を浸して,砂が流れていくのを一人で見ている。喧騒の中の静寂。葉擦れのような、波の音に耳を澄ませる。本当に海に来たんだなあと葉子は思う。こういう光景を,あの本の主人公や太宰も見たのだろうか。本当は,何を感じていたのだろうか。葉子は,考える。考えても,一生わからないことばかり,考える。太宰は,死んだ。生きるために,死んだ。穏やかな海を見ながら,葉子はそう思った。根拠はない。ただ,確信のように,そう思った。太宰の描く世界が,葉子のすべてだった。現実以上に,大きな存在として,葉子の中に在った。

くらやみ6

バスの中は、冷房が程よく効いている。首筋に張り付いていた汗が、少しずつ乾いていく。平日の真昼だからか、乗客は少ない。アナウンスとエンジンの音ばかりして、蝉時雨も追いかけてこない。しばしほっとする。席に座って、何とはなしに、ぱらぱらと本のページをめくる。内容を思い出す。心中する主人公。だが、自分だけ助かってしまう。この世の地獄を見た人だ。太宰について、葉子はそう思う。実際やったことがないので、葉子には、心中するときの気持ちはよくわからない。ただ、心中するほどの苦しさは、知っている気がした。おこがましいかもしれないけれど。現段階では、葉子には、相手がいないが。それはともかく、物心ついたころから、葉子は、太宰のように生きたいと思ったし、太宰のように死にたいとも思っていた。生きていることは、とてもつらい。そう自覚したのは、何歳ごろだったのか、もう覚えていないけれど、子ども時代も不適応を起こしては、何かと七転八倒していたし、大人になってもあまり変わらなかった。いくつか病院にも行ってみた。けれど、いくら薬を飲んでも、そうした思いは全然消えなかった。楽しそうに生きている他人を見るたび、葉子は思う。自分とは違う、と。

くらやみ5

葉子にとって,生きるということは,時にひどく苦痛を伴うことだ。生きているというだけで,ただそれだけで,呼吸すらつらくなる。あれは何なんだろうと思うけれども、葉子は,そんな自分を持て余している。弱い自分は嫌いだけれど,存在ごと消えたくなることなんて,葉子にとっては,呼吸と等しいくらいに自然なことで,当たり前のことだった。生物としては,おかしいと思っているけれど,いくらそう思ったところで,いつも最後は消えたいという気持ちが津々と湧いてくる。改めて考えると,やはり生物として間違っている気がする。破綻しているとすら思う。これまで,生きるということは,ただ,死に向かっていくことだと思っていたけれど,途中で道を断ち切りたくなる自分はどうなのだろう。ふと気づけば、路地裏の黒猫は、もういない。何の痕跡も残っていない。それを、さみしいと感じたけれど、同時に、いいなと思う。立つ鳥、跡を濁さず。物憂げな熱風が、葉子の髪を乱していく。そうして,ようやくのんびりとやって来たバスに乗り込んで,葉子は海に向かった。

 

くらやみ4

葉子のアパートから近場の海まで,バスで一本。頑張れば,歩いても行けなくもないけれど,暑い中ではしんどくて、とりあえずバスを待っている。我ながら、呑気なものだと思う。けれど、それが自分なので、仕方ない。バス停には他には誰もいなくて、時刻表を見ると,まだすこし時間がある。部屋で見つけた本を,また開く。何度も何度も読み返した本だけれど,開きたくなるのはこんな日だと葉子は思う。暑さに負けず、悠々と頁をめくる。何とはなしに、今日という日にふさわしいと思った。ふと視線を感じて、顔を上げれば、路地裏に迷い込んだ黒猫が,こちらを見ている。真夏の昼下がり。こんなにも暑くては,行き交う人もそう多くはない。世界は,晴れて,明るい。誰もいない街中では、自分一人が取り残されたような気持ちになって、どこか場違いな感覚を受ける。早くバスが来てほしいと思った。思えば思うほど,待ち時間は長い。蝉時雨の読経が、いやに鼓膜に刺さった。

くらやみ3

一番覚えているのは、何とも不穏な海の描写だ。平たく言えば、主人公が心中する。そんな話だ。さすがに今すぐ死にたいというわけでもないが、本を通して見た海が心の底に残っていた。心がざわめいた刹那、不意に、窓の外で強く風が吹く。それを、鳴り止まない潮騒のようだと思う。

(そうだ,海。海が見たい)

その刹那,あんなにもうるさかった蝉時雨が遠ざかる。息苦しい水面から、顔を出した時のように、それは唐突に起きた。鉛のように重かった体が,急に軽くなっていく。動ける。今しかない。そう、確信する。葉子は、その勢いのまま、落とした本を拾うために,がたんと音を立てて,起き上がった。

「良かった,どこも折れてない」

拾い上げた本を大事に鞄に入れる。何も怖くないような、そんな気持ちになる。実際は、何も変わらないのに。何でも良いからとベッドの上に適当に散らばっていた服に着替えて,急いで靴を履く。ドアを開ければ,蝉時雨が戻ってくる。いつもはこれに無力感を覚えたけれど、今はなぜだか体が軽い。潮騒のような、葉擦れ。一歩一歩踏みしめながら歩くけれど、同時に気持ちがどんどん急いてくる。今しかない。歩け歩けと念じながら、だけど、これ以上は速度が上がらなくて、もどかしい思いをする。走るほどの体力はない。何だか今まで何もしなかった自分が馬鹿馬鹿しくて、清々した気持ちになる。ほら,どこにも行けないわけじゃない。

くらやみ2

ふと気づけば,部屋の外では,蝉の声がしている。耳を塞いでも、当然、鳴り止まない。鼓膜が震える。音の暴威だ。毎年毎年飽きもせず、繰り返される光景だ。暑さが込み上げてくる。寒いくらい冷房の効いた部屋の中なのに、それを物ともしない。心の底から、夏だと思う。日ごろから、季節を忘れかけている葉子に,それだけが夏を思わせる。大音量の読経のように、弔われている。なんとなく,そう思う。このままでは,本当に死んでしまいそうだ。もう一度、耳を塞ぐ。意味などないと分かっていても、そうした。そうせざるを得なかった。この暴威から、果たして逃れることはできるのか。いっそ外に出ようか。蝉の声がしない所へ行きたい。窓に射し込む光がまぶしい。外は暑いと、一目でわかる。葉子は、どちらかというと、夏の暑さに弱い。日焼けもしたくない。冷房の効いた部屋でぼんやり過ごしている方が、性に合っている。それは、葉子自身、そう思う。それでも、蝉だ。うるさすぎる。耐え難い。いや、でも、外は暑い。分かっている。だけど。ひとしきり迷った挙句,何もかもが面倒になって,本でも読んで気を紛らわせることにした。本棚に、寝ころんだまま手を伸ばす。読みかけの本を取り出そうとして,別の本が落ちた。

「あ,」

この本の内容は,鮮明に覚えている。知っている。

くらやみ1

どこにも行けないわけじゃない。足はあるし、意識は清明。本当は、どこにも行けないわけじゃない。わかっているけど、どうにもならないときがある。

(わたしは,生きているの?死んでいるの?)

葉子は,自分自身に問いかける。知り合いもない,独りきりの不毛な毎日に,妙に心の底がざわめいている。ざわざわとした不快感も,気づけばもう葉子の一部となってしまった。何の展望もなく,仕事も辞め,貯金を崩す,ひっそりとした生活の中,日に日に誰かと関わる気力もなくなっていく。それは,ゆっくりと体内を回っていく緩慢な毒のようで,これは死んでいるのとどう違うのだろうと思う。生きているのは、苦痛だ。それも、とびきり緩慢な。つらつらとそんなことばかり考える。考えても、何の進展もない。わかっているのに、そこから抜け出せない。この世は、怖いことばかりだ。こんなことでは、自分のような存在は、いつか社会的に殺されるのでは、と暗い気持ちにさえなる。隣の部屋のあの人も、道行くこの人も、いくら疑っても足りない。